巨大山城、観音寺城を攻める

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カバー写真:2022年11月7日撮影の大石垣 記録写真より

観音寺城|近江守護・佐々木六角氏の居城

観音寺城は標高433mの繖山(きぬがさやま)に築かれ、南斜面一帯に無数の郭が置かれています。郭の数は1,000以上とも言われ、その規模の大きさもさることながら、安土城に先駆けて築かれた石垣造りの城であり、階段や暗渠も石材が多用されています。また随所に見られる政治拠点・生活空間としての利便性を追い求めた独特の縄張りも、他の戦国期の山城には見られない観音寺城の特徴とされています。 観音寺城の築城時期は定かではありませんが、南北朝時代の建武二年(1335)に佐々木氏頼が、「観音寺ノ城郭」に布陣したという事が「太平記」に記されており、この頃すでに城郭が存在していたことがわかります。 その後、応仁・文明の乱のさなか、この観音寺城では3度の攻防戦があり、しだいに強固な城郭に進化していったと考えられますが、観音寺城が今のような石垣造りの大規模なものに姿を変えたのいはもう少し後の事のようです。(史跡観音寺城跡の調査と整備 – 滋賀県 から引用・加筆)

観音寺城の模型:滋賀県立安土城考古博物館所蔵 画像はWikipedia 観音寺城 から引用
@jono.jp

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